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カピバラをどうやって温泉に入れるのだろうと不思議に思いながら
見ていると、飼育員が湯場を洗い終える頃から、既に何匹かが入り
始めていた。やがて「ぼくたちかぴばら」というテーマソングが
大音量で流れ、お湯を張り始める時には、もう十数頭が入って待ち
構えています。
湯が満たされる頃には、まさに芋の子を洗う状態です。
幼いカピバラは水の中でも仲間とじゃれて遊んでいますが成体の
カピバラは微動だにもせず鼻まで浸かっています。
芸をするわけでもない、いや動くことすらしない、そんな動物に
人々はどうしてこんなに心ひかれるのでしょう?
大上段に構えて言うなら何もしない、ただそこにいるだけの
存在そのもの、つまり
「非生産的な存在」
「評価経済から自由である存在」
が「許される」のを見ることで得られる安心が癒しになるのではと思います
湯につかって「ぼーっとしている」カピバラを見ることで、何かを為さねばな
らない、 誰かと比較される(してしまう)毎日から解放される気持ちになると
感じるのは考え過ぎでしょうか
温泉につかっているカピバラは、まるで禅僧のようです。
カピバラ温泉は、カピバラ禅寺なのかもしれません。
そんな事を考えていると、 以前に読んだ仏教の話を思い出しました。
カピバラは、ブッダの説いた「時を超えて続く真の安楽とは、楽も苦も
追い求めない、平常な、動揺しない心を手に入れ」ているのかもしれません。
(佐々木閑『ネットカルマ』94頁)
とまで書くと冗談になりますが、それでもカピバラの泰然自若とした姿には
人の心を癒す力があるように思えます。
伊豆急踊り子号で熱海まで戻り、定宿でカピバラのように温泉を楽しみましたが
カピバラのようには長時間じっと浸かっていることは不可能でした
亡くなった母と同い年のきちひろ姉さんは、相変わらずシャキッと
姿勢もよくて声もしっかり出てはって素晴らしく
見習わねばと思うも、とても届きそうにないです

本日はゲーテ・インスティトゥート ヴィラ鴨川で
京都大学大学院人間・環境学研究科 言語科学講座 河崎靖教授の
最終記念講義が開催されました
「人環の先生の講義になんで行くねん?」と言われそうですが、
河崎先生は文学部独文専修の特殊講義を言語学的見地から長年担当して下さり
私は2023年前期の特殊講義と後期のキリスト教学で教えて頂き、また
卒論のスピリチュアルケアに関する章に関して、クリスチャンの河崎先生に
宗教的観点から色々とアドバイスを頂き、卒論を完成することができました
そんなご縁で、河崎先生の最終講義にはどうしても出席したかったのです
誰も知った人はいないのでは?と少し不安でしたが、松村朋彦名誉教授と
杉山東洋非常勤講師がいらしてホッとしました。
会場入り口で、今日の講義のハンドアウトと最新刊の著書を恵贈頂きました

「ドイツ語の起源・日本語の起源」という題目の講義で、私自身は河崎先生の
ドイツ語学・ゲルマン語学の授業を聞いたこことがなかったので「ドイツ語の起源」
に関して非常に興味があったのですが、今回は河崎先生の現在興味を持って研究
されている「日本語の起源」が主でした。
結論として、未だに日本語と近似性のある言語は見つかっておらず、部分的に
似ていても、ゲルマン語のように他国語との祖語と言えるもの現時点では
ないそうです。
講義の中で、ロンゴロンゴ文字のように現代でも未解読の文字があることを知り、
ヒエログリフの解読はどのようにされたのか、今になって興味がわいてきました

講義終了後も、茶菓を頂きながら和やかな親睦の時間が設けられ
河崎先生のお菓子付きの授業を思い出しました
河崎先生のお人柄に、わずかの期間でも接することができ(我が身の
出来の悪さは棚に上げることにして)本当に有難く感謝申し上げます

お茶屋さんや、お料理屋さんには必ず飾ってある「もち花」
昨年、初めて作って飾ってみたら、家族にもウケがよかったんで
今年も作って飾ります
去年、水をつけるのが、なかなかコツがいるし難しかったんで
今年はスポンジにしてみたら、めちゃ楽ちん
接着面の両方でのうても、片方だけでも十分
ひっつける時は、垂れ柳をしっかりと挟んで、しばらくグッと
押さえたままにしとくのが肝心!
それと、つけたばかりのもち花は他のんと、すぐにくっつくので
乾くまで孤立(笑)させとくのがコツ

玄関にぶら下げると、1本の垂れ柳のもち花は何とのう寂しい
ので来年はもう1本作って飾ろうかと画策中
今年も、1年間色々とお世話になりありがとうございました
皆様、どうぞよいお年をお迎えください!
大ぶりのアクセサリーが大好きなのですが、なかなか思うようなのに
出会えません
目下のところ国内のAbisteで入手できるZsiskaのネックレスがお気に入りで
数本持っているのですが
もう少し派手なのないかな〜と探していたら
なんとZsiska の公式オンラインショップがあるやん!
見るとAbisteには入ってきてないビビッドで大ぶりのアクセサリーが
目移りするほどたくさんあって、狂喜の叫びあげたいくらい
Blissというマグネットで留めるタイプのものは持っていなかったので
BLISS INSPIRATION / Crystal Sky
BLISS BEAD - MUSEE - WHITE CAT
EARRING - GLITZ/ Grey with Silver Flakes
を購入
ちょうどBlack Friday Saleで送料も$6.95と破格値だったので、
送料込みでUSD$100.43で買えました
もっと色々欲しいけど、もうSaleが終わったので、次回まで我慢我慢
12月7日は、先日柿落としが行われたばかりの宮川町歌舞練場
「三ツ輪座」で小唄の社中会「柳美会」でした

今年は柳古柳家元の師籍45周年記念会なので、
会場ロビーには奥川提灯店さんが特別に作ってくれはった提灯が飾られました
いつの間にか、古美織さん・古美灯さん・古美音(私)の同期3人が上の方に
なってしまってびっくり!
時間の経つのは早いですねえ

おまけ?!
今回若手二人がお揃い?と一瞬思うくらいよく似た着物を着ていました
綸子の菱形の地模様までがよく似ていて可愛かったです
祇園東の満彩希ちゃんと若手ホープと
沖縄の海を見ずして、1年を終えることは出来ない!ので今年も
チビたちと一緒に訪れました
今回もお天気に恵まれて、ホテル廊下窓からきれいな朝日を拝んで
行動開始
今年もマンタの餌やりを私が(笑)見たかったので、美ら海水族館に
チビたちと同行して、マンタとジンベイザメの餌やりをゆっくり鑑賞して
大満足(私だけ???)
翌日は、チビたちはパイナップルパークやネオパーク沖縄へ出かけ
ジジババは、レンタサイクル(電動クロスバイク)でサイクリング
ネオパークでは、このペリカンが餌を持っていたチビの一人の脚に噛みつくという
ハプニングがあったようで、怪我もなく笑い話で済んだのですが、当の本人は
皆んな笑ってばかりと腹を立てていました
ジジババは、レンタサイクル屋さんが勧めてくれたルートで
瀬底島〜ミラムイ(本部富士)〜今帰仁長浜ビーチを往復
電動クロスバイクのおかげで、坂道も何の苦もなくスイスイと上がれて
県道115号線の頂点付近からは瀬底島の西の端まで見渡せました
地元の方のお勧めの絶景ポイントは、ホンマに絶景やなあと納得
もう十何年通っているのに今帰仁のビーチには出たことがなく
ここもレンタサイクル屋さんのお勧めだったので、どこから行けるのかと
道を探しながらたどり着くと、ここもまた素敵な場所!
今まで見た沖縄のどこのビーチとも似ていない、手付かずの素朴なビーチです
走行ルートです
獲得標高475mでしたが、電動なので本当に楽でした
旅行は電動バイクを借りるに限ると実感(体感)しました
今年も祇園東の栄政さんにお世話になり「祇園をどり」を楽しませて頂きました
今年は「扇」をテーマに全六景の組み立てでした
何気なくサラッと扇を用いて皆さん踊ってはりましたが、扇に表情を持たせて
踊るのは、そう簡単ではないでしょうし、厳しいお稽古をしてきはったんやなあ
と思いながら観せて頂きました
今年は踊りの一部の振り付けを若いお師匠さんがされたそうで、去年よりは
動きの激しい踊りもあり、立方さんも地方さんも大変そうでした
特に第四景の「宙に抱く」では、日本舞踊とは思えぬかなり激しい動きで
照明を落とした舞台で、芸妓さんの動きに合わせて、銀色の扇がギラリと
妖しげな光を放ち、とても印象深い踊りでした
(満彩尚ちゃんが、勢い余って止まりきれなかったのはご愛嬌)
満彩希ちゃんの立三味線が見事で、長唄も清元もしっかりと素敵な音色で弾いてはって、お見事でした!
仕事の都合で、日舞のお稽古をほんの数ヶ月で辞めてしまったのですが、こうして
見事な舞を観せてもらうと、もう一度基本からお稽古してみたい気もします
京大独文専修に3年も在籍していながら、ドイツ語会話はほとんど出来ないので
来年の旅行に備えて、夫と二人でドイツ語会話を始めました
春から28年ぶり?!(29年かも)にBerlitzに戻り英会話のbrush upをしており
ちょうど単位の区切りがついたところで、英語を続けるのかドイツ語にするのかと
どうしようかと二人で相談を始め、夫はあまり乗り気でなかったのですが、私の
ワガママでドイツ語に切り替えることにしました
レッスンは本当に初歩の挨拶から始まり、内容は簡単に理解できているのに
口が反射的に動いてくれず、単純な構文でも口から出てこないという
なんとも情けない有様で、二人して「認知症の検査受けてるみたいや・・・」
と言い合っています
さてさて半年したら、少しは聞き取って話せるようになるのでしょうか?



好天に恵まれて今日は五色沼を散策してきました。
直前に熊が出たようで、ホテルで熊鈴を借りて出かけました
事前に調べた写真より以上に、実際の沼はきれいで、どうして
こんな色になるのだろうと不思議でした
ホテルから出てすぐの「柳沼」
比較的大きい沼で、水面に紅葉しかけた木々が映り
絵葉書のようです

続いて「るり沼」
こちらも息を呑むような美しさ
沼越しに磐梯山が見え、その姿が水面に映り込んでいます
次はどんな沼だろうと歩いていくと
うわ〜!と思わず声を上げてしまった「弁天沼」
絵の具を溶いたみたいな色なのに、近づいて沼の水を見ると
本当に透き通って透明度の高い水なので、またまたビックリ!
こんな透明な水が、どうしてあんなターコイズブルーのような
青い色になるのか不思議がどんどん重なります
「竜沼」「みどろ沼」は樹木に隠れて見えにくく、写真も撮れず
その次の「赤沼」
見逃してしまいそうな小さな沼ですが、沼の淵と真ん中とで色が違い
今回見た限りでは赤ではなく、ややくすんだ緑色でした
そして最後の毘沙門沼
これまで見た沼の中で一番大きく、るり沼や弁天沼ほど独特の色
ではないですが、緑がかった深い青で沼周囲の木立がきれいに
湖面に映り、とても心安らぐ景色です
今回の旅では「ナナカマド」の紅葉が見れたらというのが私の
最大?!の希望だったのですが、残念ながら見られず
この葉がナナカマドかと思ったのですが、葉の周囲にギザキザが
なかったので残念ながらナナカマドではなかったです
でも見事な燃えるような赤で素敵でした

毘沙門沼近くの食堂でお蕎麦を食べて休憩して、
もう一度沼の色や景色を楽しみながらホテルに戻りました
ホテルに戻るとライブラリーから弥六沼越しに
磐梯山のきれいな稜線が見えました

9月末に平泉の地を散策して来ました。
無知な私は、平泉=中尊寺金色堂というイメージしかなく、しかもその中尊寺が
誰によっていつ建立されたのかも知らなかったので、旅行前に大学の図書館で
読み切れぬほどの資料を借りてきて、小学生の修学旅行よろしく「旅のしおり」
を作って平泉に向かいました。
京都から東海道新幹線・東北新幹線を乗り継いで一ノ関で一泊し、翌朝ホテルの車
で平泉駅まで送ってもらい、コインロッカーに荷物を入れ「老夫婦平泉遠足」のスタートです。
好天に恵まれて、まさに遠足日和!
平泉駅を出て観自在王院跡・毛越寺へ歩いて向かおうとすると、誰もいない・・・
この道でいいんだろうか?と不安になるくらい誰も歩いていません
平泉駅から毛越寺まで約800m、結局誰にも出会うことなく観自在王院跡に到着
ここは奥州藤原氏二代基衡の妻が建てたと伝えられ、現在は舞鶴が池が修復再現
され、大阿弥陀堂・小阿弥陀堂は遺構だけが残っています。誰一人いない観自在王院
跡に立つと
三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。
秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。
「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、
笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。
夏草や兵どもが夢の跡 (1)
と奥の細道に書かれた一節が目の前に浮かんでくるようでした。
芭蕉は「まづ高館に登れば」と書いているので、現在の高館義経堂から見下ろして
「田野に成」った観自在王院跡を眺めたのではと思われます。
観自在王院跡の隣接する毛越寺に入ると、修学旅行生の小グループが一組と
観光客が少しいるだけで、こちらも誰もいないに等しい状況
往時の伽藍は現存しておらず、浄土庭園が平安様式のままに残り、特に遣水(やりみず)は
「12世紀に設計された遣水のなかでは、当時の姿のまま残存する唯一のもの」(2)
と言われ、川底に敷き詰められた玉石が900年近くも昔のものと思うと不思議な感覚を覚えました
さて毛越寺から1,4km歩いて中尊寺まで。この道中も、レンタサイクルの人に2-3人
会っただけで、誰もいません
駅前のレンタサイクルを借りて、歩かずに周りたかった私は、夫に
「ほら、誰も歩いて観光なんかしてへんやん!」
と愚痴ってしまいました
中尊寺に着くと、さすが観光客がそこそこいますが、コロナ禍前の清水寺や
伏見稲荷の参拝客程度で全く苦になりません。
苦になったのは坂道!
「月見坂」と優雅な名前ですが、凹凸の不整な歩きにくい坂道が山門から延々と
続き、思わず「もう二度と中尊寺には来ない!」と言いたくなったほどです。
まるで長命寺の階段を上っているような気分になりながら金色堂にたどり着き
ました。
奥州藤原氏初代清衡によって1124年に上棟され、東北地方では現存最古の建物
です。
ガラスに覆われているので仏像も須弥壇もはっきりと見えませんでしたが、
藤原清衡、基衡、秀衡の遺体と四代泰衡の首級が安置されているのですから、
見えない云々と言うのは罰が当たると言うものでしょう。
経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の佛を安置す。
七寶散りうせて、珠の屏風に破れ、金の柱霜雪に朽ちて、すでに
頽廢空虚の叢となるべきを四面新たに圍んで、甍を覆うて風雨を凌ぐ。
しばらく千歳の記念とはなれり。
五月雨の降りのこしてや光堂(3)
金色堂を後にして、またゴロゴロと歩きにくい月見坂を下り、門前の蕎麦屋さんで昼食を済ませて
平泉駅まで歩いて戻りました。
駅までの帰り道も当然人っ子一人なし!
平泉駅から仙台まで在来線で戻り、仙台在住の友人夫妻と8年ぶりに会って夕食を共にしました。
蔵王クマ吉スキー教室で会ったきりなのに、8年間も会っていなかったとは思えません。
おしゃべりに夢中でクマ吉さんとのツーショット写真を撮り忘れたのが残念無念・・・


翌朝も見事に晴れ渡り、ホテルの窓からは東北大学のキャンパスが見渡せて
はるか彼方には、仙台湾も見ることができました
東北大学の構内を歩いてみたかったのですが、時間がなく眺めただけに終わりました。
仙台駅で買った「ずんだシェイク」
少し甘めでしたが美味しかったです
京都の喧騒に日々苛まされる身には、人がいない静けさが如何に心の平安を
もたらしてくれるかを実感した平泉の旅でした。
(1)(3)松尾芭蕉『奥の細道』角川書店,1952年,27頁
(2)観光庁https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/H30-00186.html?utm_source=chatgpt.com
2012年〜2013年 KCJS24でホームステイしていたエルサが12年ぶりに帰ってきました
私たちを日本の家族として慕って、帰ってきてくれるのは本当に嬉しく、ホストファミリー冥利に尽きます
1日目は我が家で食事をし、エルサが昔使っていた部屋を懐かしそうにボーイフレンドに見せていました
2日目は、エルサのONEVOICE AWARDS2025のお祝いに娘家族も集まって食事会
SNSでお互いの動向を知っているので10年以上も時が経ったとは感じないのですが、
エルサは大学時代からの夢=映像に関わる仕事を叶えて声優として活躍しています
夢を追い求めて、努力して叶えていくエルサを私も誇りに思います!
今度はいつ会えるかな?
See you in near future!